住民がつくる「公共」
もし住民が日常身辺でさまざまな問題について自律的に秩序を創り出していくことができれば、「みずから治める」という意味での住民自治の元気さを示すことになります。
この点で住民が元気であることは、ひるがえって役所のみが「公共」を独占する従来の考え方を打破していく根拠となります。
それに代って、私的領域-公共的領域-行政的領域という3分論を構想する可能性も拓かれてきます。
住民による自律的秩序の形成が「公共的」といいうるのは、いうまでもなく「行政的」と同じではなく、「私」を主張しつつ「私」を自己抑制し、異質な「私」と「私」の問に共存できる関係ができるからです。
およそ公的なものはなんらかの意味と程度で「私」の個別的要求を抑え、相手との間に共に生き合う、そうした共同の契機なしには強制や抑圧と化してしまうからでもあります。
・・・このような意味で住民が拓きうる「公共的領域」。
これは、いうまでもなく、そこで解決されるべき共通問題の性格、規模、コスト等によって限定されます。