社運を賭けた決断 3
ジーン・アダムールは、のちにIBMを飛び出して独立しましたが、周知のようになかなかの風雲児です。
またアルバート・ウィリアムズは会計士出身で、ワトソン親子2代にわたって財務を担当して仕えました。
とくに360では、研究開発費だけで50億ドルという、民間企業として最大の支出を、裏方としてまかないました。
こうしてIBMは、海外工場も含めて、360シリーズの製作に全力を結集したのです。
1964年4月に、互換性を持つ6つのモデルから構成されるシステム360が、アメリカの62都市と海外の14の都市で同時に発表されました。
続いて翌年5月から、つぎつぎと各モデルが出荷を開始しました。
その人気は爆発的で、受注残が大量にのぼり、生産が追いつかないありさまでした。
この第三世代のトップを切った360シリーズは、次の機種370が発表された1970年まで、世界市場で支配的地位を維持したのです。